引き続き函館で仕事である。
車でラジオをかけると、久しぶりに松山千春の声を耳にした。
彼は長年STVラジオでDJをやっていたのは知っていたので
さすが北海道、STVラジオだと思ったら
最近はSTVラジオ制作の番組ではないらしい。
金曜の晩、日テレで「ヒットメーカー阿久悠物語」をやっていたが
日テレなので殆どが「スター誕生裏話」だった。
阿久悠とピンクレディーは「時代と寝た」とよく表現された。
彼らの絶頂期は、お互いを抜きにして語れないし、また実際そうだった。
しかしそれも、もう25年前以上の話になってしまった。
90年代以降、阿久悠の口から出てくるのは「歌謡曲」低迷に対する
愚痴めいた発言ばかりだった。
「歌謡曲」の衰退と同時に「作詞家」という職業も衰退した。
作詞家としての晩年は、彼は無念だったに違いない。
函館本線は、山川豊のデビュー曲として
相当プロモーションをかけていたのを記憶しているが
プロモーションするには
あまりに退屈な歌だった。
細川たかしのデビュー曲の「私バカよね〜おバカさんよね〜」くらいの
インパクトがないと演歌はつまらない。
山川豊の「アメリカ橋」は私のカラオケ愛唱歌のひとつだが
よくよく考えると、山川豊はヒット曲がない。
ついでに小金沢昇司のヒット曲、と言われても私は知らない。
というか、演歌業界はヒット曲がなくても
業界の「一軍入り」さえ果たせば
物真似とか、地方巡業とかで、なんとか生きていける業界である。
歌謡曲という言葉は、CDショップに行くと「演歌・歌謡曲」で
ひと括りにされてしまっている。
日本の音楽業界、さらに淘汰は続くのだろう。

